散歩までインプットしなくていい。再生ボタンを押さない、ひと区間

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仕事の合間に、少し外へ出る。靴を履きながらイヤホンをつけて、聴きかけのポッドキャストを再生する。歩いている間にも何か学べたら、ちょっと得をした気がする。

好きな番組を聴く散歩は楽しい。でも、「今日はこれが聴きたい」より先に、何も流れていない時間を埋めようとしていることはないでしょうか。

画面から離れて休むつもりだったのに、耳からは次々と情報が届く。そんな散歩に心当たりがあるなら、次は再生ボタンを押す前に、ひと区間だけ歩いてみるのはどうでしょう。長いデジタル断ちも、特別な散歩コースも要りません。

画面を閉じても、インプットは続いている

スマホをポケットへ入れると、ひとまず画面を見る時間は終わります。それでも、ニュースの解説を追い、誰かの意見を聞き、次に知りたいことを考えていれば、情報を受け取る時間は続いています。

作家のカル・ニューポートは、「Spend More Time Alone」という随筆で、他者からの入力に反応し続けずに過ごす時間について書いています。人のいない場所へ行くことだけが、その時間をつくる方法ではない、という視点です。

これは「無音で歩けば健康になる」という話ではありません。休憩のつもりの時間を、何に使いたいのか。画面のオン・オフだけでは見えにくい、その問いを持ってみるための考え方です。

散歩中に音楽やポッドキャストを聴くかを尋ねた公開の相談には、音声なしで歩こうとしても落ち着かなかったという声がありました。一方で、音声を楽しむ人や、その日によって聴く・聴かないを変える人もいます。個々の経験なので一般化はできませんが、どちらか一方に決めなくてもよさそうです。

次の角までは、何も再生しない

試すなら、歩き慣れた道の短い区間で。「家から次の角まで」「公園の入口まで」のように、いつもの散歩の一部を選びます。

出発前に聴くものを探す代わりに、いったん再生を保留する。スマホは連絡や道案内のために持っていて構いません。必要になったら立ち止まって使い、そのあとまた歩きます。

何も流さないと手持ち無沙汰なら、足元の明るさや、風が当たる感じなど、その場にあるものへ少し目を向けてみてください。面白いものを探し出す課題ではないので、特に何も見つからなくても大丈夫。

静かな森でなく、近所の道で十分です。外の音が心地よくない日や、音声があるほうが安心できる日まで、無理に続ける必要はありません。周囲を確かめながら、自分に合う過ごし方を選びましょう。

散歩から、成果を持ち帰らなくてもいい

何も聴かない時間をつくると、今度は「いいアイデアを考えよう」「頭を整理しよう」と、別の仕事を入れたくなるかもしれません。

でも、考えがまとまらないまま帰ってきても、その散歩は失敗ではありません。途中で思い出した用事も、答えの出ない考えも、全部片づけなくていい。歩数や時間を記録するのが好きなら続けてよいけれど、この小さな試みに新しい達成項目を足す必要はありません。

学んだことを説明できなくても、誰かに見せる写真がなくても、自分が歩いてきた時間は残ります。休憩にまで「何かを得た」という証拠を求めないでおきたいのです。

聴く日も、聴かない日も、自分で選ぶ

ひと区間歩いたら、「今日は、続きを聴きたいかな」と確かめてみる。好きな声や音楽が聴きたければ、そのまま楽しみましょう。もう少し何も流さずにいたければ、再生を後回しにしてもいい。

この試みで取り戻したいのは、音声を我慢した時間ではなく、いま何を受け取りたいか、自分で決める余地です。

音楽そのものをじっくり楽しみたい日には、一枚のアルバムに付き合う聴き方もあります。デジタルを遠ざけることだけでなく、好きなものに自分から近づくことも、心地よい付き合い方の一つ。

次の散歩は、再生する前に外へ出てみる。続きは、次の角で決めても遅くありません。


参照:カル・ニューポートの随筆と散歩に関する公開の相談(リンク先はいずれも英語)。本文の短い散歩の提案は、これらを踏まえた編集部の提案であり、効果を検証した手法ではありません。

写真:Karsten Würth / Unsplash。Unsplash Licenseに基づき使用しています。

メグミからの一言

次の角までは、続きの話をお休みしてみようか。何も思いつかなくても大丈夫。今日は何を聴きたいか、歩きながら決めてもいいんだよ。

カジュアルなジャケットを着たメグミ
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